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新潟地方裁判所長岡支部 昭和41年(わ)37号 判決

被告人 大塚義昭

主文

被告人を罰金三万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は有限会社長岡建材に資材運搬用トラックの運転手として雇傭され自動車運転の業務に従事するものであるところ、昭和四〇年一〇月二九日午后四時半頃、三島郡出雲崎町大字川西四〇〇番地先の道路舗装工事現場で、砂利を積んだ大型貨物自動車(新一そ五七九五)を運転して後退を開始するに際し現場で作業していた小林綾子(当四四年)ほか二名の作業員の姿を認めたが同人らが自己の運転する自動車に気づいたものと軽信しその動向を確認しないまま後退をつゞけたため、突然その場に転倒した同人を後車輪で轢過し、よつて同人を即時その場で肋骨、骨盤骨折等にもとづくショックにより死亡するに至らせたものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二一一条前段、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので所定刑中罰金刑を選択し、その金額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、被告人が右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用の負担については刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則りこれを被告人に負担させる。

(本件に過失を認定した理由)

本件証拠によれば小林綾子は本件の道路工事現場に常時稼働していた作業員であり、その他現場に居あわせた者もすべて道路工事の関係者である。そして砂利や砂を運搬するトラックはひんぱんに現場を往来しては資材の積みおろしをしていたものである。

そのような場所での後退時における自動車運転者の注意義務は、一般公衆の通行する道路上におけるそれと比すれば相当に軽減されるものと解すべく、必ずしも誘導者をして誘導させ、または助手等をして進路を見はらせ、あるいは自ら車外を一巡して障害の有無を確めることなどを必要とするものではないものといわなければならない。

まして、本件の自動車はバックギアと連動するバックブザーを装置して後退するときには必ずそのブザーが鳴ることになつており、現場の関係者はすべてそのブザーの音質を知悉していたと認められるのであるから尚更である。

しかしながら、そのような場合といえども、運転者が後退しようとする自動車の進路に現実に作業員の姿を認めたときには、危険は既に具体化しているのであるから、当該の作業員の避譲措置のみを期待して進行を継続することは妥当であるとはいえない。

本件の場合は運転者の過失についてかなり微妙な点もあると考えられるが、やはり被告人としては少くとも被害者が自動車の後退接近に気づいて避譲の行動を開始したことを確認してから進行すべきであつたと考えられるのである。

証拠によれば被害者の小林綾子は偶々何ゆえにか自失の状態となつて同僚の近藤トラから被告人運転の自動車の接近を知らされてもこれに気づかないもののごとく、突然車輪の前四・五メートルぐらいのところで転倒し、そのとき自動車が轢過して行つたのであるが、勿論自動車運転者には路上の人が突然意識不明になることまで予見して行動することを期待すべきではないけれども、人は往々にして身体の故障や他への注意の集中によつて自動車の進行に気づかないことがあるということは一般に予見し得ることであるからそのような際の不測の事態を防止するために、前述の、相手方が自動車の接近に気づいたこと、および何らかの避譲のための行動を開始したことを確認することを要求することは決して運転者に無理を強いるものではない。その意味で本件の事故は回避が可能だつたのであり、被害者の突然の意識不明によつてもたらされた不可抗力のものということはできないのである。被告人がこの点の注意をつくしていればこのような事故は未然に防げたであろうし、また被告人がこの点の注意をつくしていれば避譲開始後に生じた事故については被告人に責を帰することはできないであろう。

以上の次第であるから主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本康昭)

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